京都地方裁判所 昭和43年(ワ)117号 判決 1972年7月14日
原告
わらび株式会社
右代表者
村田和夫
右訴訟代理人
猪野愈
被告
京都市
右代表者
船橋求己
右訴訟代理人
納富義光
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実《省略》
理由
一、原告会社が、訴外三菱石油株式会社の代理店として、ガソリンスタンドを経営していること、本件土地が風致地区に指定されていること、被告市計画局風致課長訴外狩野勝也が、原告会社に対し、「本件土地が風致地区である関係上、従来のガソリンスタンド形式では、許可されない」旨指導したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
二、右争いのない事実や、<証拠>を総合すると次のことが認められ、<証拠判断省略>
(一) 原告会社は、かねてから、不動産業者である訴外安藤不動産株式会社に、ガソリンスタンド建設用地の斡旋を依頼していたところ、昭和四一年二月頃、同業者である訴外山田弥一郎から本件土地が売り出されていることを聞知した同会社の代表者訴外安藤秀夫は、このことを原告会社代表者訴外村田和夫に連絡した。
(二) 村田和夫は、本件土地を現地で確認し、風致地区内にあることを知り、本件土地にガソリンスタンドを建設することができるかどうかの調査を右安藤秀夫に依頼した。このとき、村田和夫や安藤秀夫は、調査の結果、ガソリンスタンドの建設の可能性が確実になつたとき、山田弥一郎を通じて売主と売買の代金などを折衝しようと考えた。勿論、このとき、具体的にガソリンスタンドの設計図面ができていたわけではない。
(三) 安藤秀夫は、昭和四一年二月はじめ、数回にわたり被告市計画局風致課長訴外狩野勝也に面接し、本件土地でガソリンスタンドを建設することができるかどうかを相談した。
(四) 風致課では、風致地区の現状変更許可申請書が提出される前に、慣行上、事前相談の形式で、現状変更の可能性や程度について指導することを積極的にしていた。
(五) 狩野課長は、安藤秀夫の「ガソリンスタンドが出来れば本件土地を斡旋したいが、ガソリンスタンドが建つだろうか」との瀬踏み的問に対し、本件土地が風致地区であるため、原則として現状維持を基本方針としており、とりわけ、従来のガソリンスタンドの形式では許可を得ることが難しいと説明し、例示的に、本件土地の空地をみせないよう、北と西の角に建物を建て、適当な通路を作つたうえ、給油計量器を吊り下げ式にしたガソリンスタンドなどを教示し、一定基準に合わせてその建物の高さ、彩色、植樹などを周囲の風致に適合するよう配慮して設計するのであれば考慮してよいと回答した。しかし、安藤秀夫は、ガソリンスタンドの設計図面を狩野課長に示して指導を受けたわけではないから、同課長の発言も、もつぱら一般的抽象的説明にならざるを得なかつた。
同課長の回答は、その都度原告会社の村田和夫に伝えられ、村田和夫も、一度同課長に面接したが、そのときの同課長の回答は変らなかつた。
同課長は、安藤秀夫や村田和夫に対し、ガソリンスタンドの設計図面を呈示させ、具体的にこれを手直しする方法で指導しなかつたし、同課で行政指導に当つている風致美観相談員に相談して行政指導を受けるよう勧めることもしなかつた。
村田和夫は、昭和四一年二月下旬、本件土地を入手してもガソリンスタンドを建設することは容易でないと判断し、本件土地の購入を断念した。
三、国家賠償法一条一項の「公権力」とは、国または公共団体の作用のうち、純然たる私経済作用と、同法二条によつて救済される公の営造物の設置・管理作用をのぞくすべての作用を指称すると解するのが相当である。
ところで、さきに認定した事実関係からすると、狩野課長は、原告会社代表者村田和夫に対し、同会社が本件土地にガソリンスタンドを建設するために必要な風致地区内現状変更許可申請書を提出すること(都市計画法五八条一項、風致地区内における建築等の規制の基準を定める政令二条一項)を前提に、その許可が円滑に行われるよう事前相談という形式で担当課長として行政指導をしたもので、この行政指導は、被告市計画局風致課では慣行的に行われていたことになる。
そうすると、狩野課長のした本件行政指導は、国家賠償法一条一項の「公権力の行使」に該当するとしなければならない。
四、そこで、狩野課長がした公権力の行使が違法であつたかどうかについて判断する。
(一) 加害行為が違法であるかどうかは、被侵害利益の種類・性質と、侵害行為の態様との相関関係から判断し、被侵害利益が強固なものでない場合には、侵害行為の不法性が大きくなければ、加害に違法性がないと解するのが相当である。
(二) ところで、さきに認定した事実関係からすると、原告会社は、本件行政指導を受けた段階では、本件土地の所有権を取得していたわけではなく、売主に買受の申入れをまだしていない状態であつた。
そうすると、原告会社は、本件で被侵害利益であると主張する逸失利益の前提となる本件土地の所有権を取得していない以上、被侵害利益は皆無であつたとしなければならない。
(三) 原告会社のこの立場を将来本件土地の所有権を取得し得る地位と解しても、この地位は、被侵害利益の前提として、強固なものではないから、侵害行為の不法性が大きくなければ、加害に違法性はないことに帰着する。
さきに認定した事実関係からすると、狩野課長の行政指導は、一般的抽象的なものに終始し、原告会社に対し、ガソリンスタンドの設計図面を用意させ、それを手直しする方法で具体的に指導しなかつた点および風致美観相談員の行政指導を受けるよう勧めなかつた点で十分ではなかつたが、狩野課長が、原告会社が本件土地にガソリンスタンドを建設するのを嫌悪し、その建設を妨害する意図のもとに不十分な行政指導をしたことが認められる証拠のない本件では、狩野課長の右行政指導にみられる不十分さは、不親切な指導であつたとのそしりは免れないにしても、これを不法性の大きな侵害行為であると到底いうことはできない。
(四) このようなわけで、狩野課長のした行政指導が違法であるとすることはできない。
五、むすび
以上の次第で、その余の判断をするまでもなく、原告会社の本件請求は失当であるから棄却し、民訴法八九条に従い主文のとおり判決する。
(古崎慶長 谷村允裕 飯田敏彦)